見の目弱く観の目強く

宮本武蔵の五輪の書に出てくる言葉です。
単純に訳せば
見の目は見た感じ。
観の目は客観的視点。

自分の主観で判断する事を少なくし、客観性を強く持って相手を見る事が大切である・・・という事でしょう。
人間の判断基準はその人の持つ主観なので偏りがあります。
つまり性格とは「何を優先しているか」という個々の判断基準を指しています。

身近なモノで大切な順位を考えてください。
そうすれば自分の傾向がわかります。
緊急事態の時、どのように動くのかって、それは自分の優先度が高い選択から行動します。人間の行動原理はその人特有の優先度の傾向に起因しているって事ではないでしょうか。
そしてその行動言動を見て、他人はどういう性格なのかを判断しています。

ここで問題なのは、他人の事を行動や言動で判断するときに「自分の主観で判断している」という事です。偏る傾向の強い個々の優先度という主観で他者の行動言動を判断するとどうなるかって「合う、合わない」が出てきますよね。

戦いも同じです。
まず物理的な相性はあります。
その物理を使う人間の性格的相性もあります。
かみ合うかどうかも性格や性質次第・・・

宮本武蔵の話に戻すと
腕に自信のある者たちと立ち合い、数十戦を勝ち続けるには、その相性という運が大きい事になってしまいます。相性が悪いと斬られて死んじゃうっていう。
だから相手を敵として見ず(主観というフィルターを通して見ず)ありのままの現実をとらえる事の出来る俯瞰した視点、観の目を養い強く持つという事が大切だと五輪の書に書いたと思うんです。

別の角度からこれを考えてみると
例えば将来像や夢があるとして、子供たちにも聞いてみました。
漁師になりたいという子、医者、弁護士、建築家、サッカー選手、漫画家って子も居ました。夢を持つことも追う事も素晴らしいと思います。
しかし「じゃあどうやったらなれるの?」と聞くと答えられません。
地図に目的地があっても、自分の居る位置と、目的地までのルートがわからなければそもそもどこへ進んでいいのかわかりませんよね。
小さい子はこれから色々な知識や経験を経て、地図でいう所のGPS機能が付いてくればおのずとルートもわかるようになってくるでしょうけど、大人でもそのルートが見えない人は多いんじゃないかと思うんです。

主観を頼りに選ぶと「そこに行きつくまでの過程」という、本来は目標よりも、まず先にやるべき、優先的に取り組まなければならない課題が忘れ去られているって事になります。
自分の中では優先度が低いのに必要な事・・・
ここが観えないと夢や目標って叶いません。

そしてこの「観の目」を養うことが武道の稽古でも大切な部分だと思うんです。
ではどうやってその視点を涵養していくのか。
長くなるのでまた書こうと思いますが、こういう事をぐるぐる考えるのって楽しいので好きです。

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コメント
自由研究について。。まったく同感です。大人が子供を導き自分自身で追及していければ 他人の評価はどうであれ何か結果が残るのではないのでしょうか。ただ先生曰く「 親が手伝ってあげていいんです。そうやって夏休みに家族で触れ合い絆を深めることも目的なのです。」私の母が 私の子供時代に担任に言われた言葉です。。
  • O
  • 2013/08/23 8:05 AM
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